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中国ニュース

1 労働問題


  • 労働契約法の審議過程

労働法の成立およびそこで労働契約を規定したことは、終身雇用であった国有企業の改革のためであった。今般、労働契約法の成立に向けた過程は、直接的には農民工に象徴されるような不安定で弱い地位にある労働者の保護に向けた過程であるとともに、以下のような過程でもある。
 @ 幹部の腐敗と汚職問題に取り組んでおり、かつ中堅・青年層を中心として高学歴化が進んだ党員を有し、今後も高学歴の知識層を取り込む必要のある共産党が、労働者の権益保護という作業の中で、いかにその正当性を確認・確立していくかという過程
 A 国有企業、非公有企業、外資企業、個人事業主、派遣事業者、労働者などの多様な主体間の利害を調整する必要の中で、それらの利害相反が明らかになった過程
 B 工会など労働者の権益保護を主要な目的とするはずの主体が機能していないことが再認識された過程
もちろん労働契約法成立過程でこれらが初めて明らかになった訳ではないが、上記の過程を経て成立した労働契約法が今後、関連通達や地方性法規、司法解釈の発布を受け、また監督機関により現実に執行される中で、さらに上記過程を経ることが十分に予想される。
したがって労働契約法成立過程における様々な意見と議論を吟味しておくことは、労働契約法に関する今後の執行のされ方や企業、地方政府、工会などの対応の方向性を占う上で有益であると考えられる。
2(1) 20051224日、第10期全国人民代表大会常務委員会第19回会議で、労働契約法草案に対する初回の審議が行われた。2006320日には草案全文が発表され、パブリックコメントが募集された。約1ヶ月間に各界から合計191849件の意見が寄せられた。
2006
1224日、労働契約法草案の改正稿が全国人民代表大会常務委員会第25回会議に提出された。この改正稿は第一稿を審議した際の常務委員会メンバーが提出した修正意見と各種の方式で収集した意見とを吸収したものである(二次審議稿更加成熟―審議労働契約法草案発言摘登(一))。
この労働契約法の立法は非常に困難な作業であり、その理由は、@現実生活での労働関係の矛盾が非常に複雑であり、A労働関係の矛盾に対する社会各界の問題を見る角度および問題解決の方法と期待度が千差万別であるからである(周玉清委員発言)とされる。
改正稿(第二次審議稿)が成熟した内容を持つと考えられる理由は、@科学的発展観と和諧社会建設の指導に基づくものであり、A立法趣旨が、和諧安定的労働関係の樹立、労働関係で弱い立場にある労働者の合法的権益の保護にあり、同時に国の経済発展と改革の要求も考慮され、B手続きが民主的に行なわれた、すなわち第一稿が社会へ全文公開され19万通以上の意見を受領し、多くの省で調査が行われ、座談会を開催して各省、中央の関連の部委、使用者、労働者および多くの専門家の意見を聴取したからである、とされる(同意見)。
上記の立法趣旨のA弱い労働者の合法的権益保護につき、労働契約法の意義を高く評価する具体的理由として以下のような意見があった。
ア 農民工が低賃金など劣悪な労働条件で、極めて不安定な地位または短期の雇用期間のもとに労働しており、賃金の未払いが多く発生し、また労働災害の補償のないことなど、農民工の労働関係上の地位を強化すべき必要性、切迫性がある(関于立法目的―審議労働契約法草案発言摘登(二))田玉科委員の意見)。
イ 家族、親族による企業で、表面上は調和があるように見えても、保険がなく、労働者が高齢化したあとの保障がない場合がある(孫玉慶意見)。
ウ 使用者は労働契約書を結ばないことで労働契約上の義務を履行せず、労働者の合法的権益が侵害されている事件が多数発生している。
賃金未払いによる労働紛争が多く、深刻な情況にある(楊海 意見)。
エ 書面による契約で労働関係を規範化することが労働者権益保護になる。労働契約締結率が建築業で2030%など非常に低く、固定期限のない契約締結率が非常に低いのは諸外国と異なる
オ 現在の工会の労働者の権利保護能力が弱い。私企業では老板の妻や弟が工会主席ということがある。従って法律により労働者の権利を守らなければならない(関于立法目的―審議労働契約法草案発言摘登(二))信春鷹委員の意見)。
カ 中国は長年、労働集約型産業が主であるが、それは資源を消耗し環境汚染を招いている。労働者の権益保護によりそのような産業からのレベルアップを図らねばならない(同上意見)。
(2)一方、労働者保護の観点から、なお不十分であると言う意見として以下のものがある。
ア 農民工の問題の中に、包工頭(請負仕事の親方)が臨時的に募集する日雇い仕事に属するものがある。第72条において関連規定があるが、日雇い仕事をしている者の中には8年間も一人の親方の仕事に就いているケース、身体の不調や受傷により働けなくなるケース、親方が孫請け(再下請け)である場合などがある。彼らの間では使用者は存在せず、労働契約もなく、労働者の利益は保障されていない(田玉科意見)。
イ 賃金不払いの場合の支払命令申立ての費用を使用者の負担とする、あるいは一切の費用は使用者負担とすると規定しないと、貧しい労働者は賃金不払いにあっていて支払命令の申立て費用も払えない(任茂東委員意見)。
ウ 農民工、臨時工、合同工(一定期間働く契約労働者)に対する保護はまだ足りない。
3 農民工問題と労働契約法
労働契約法草案が公表された直後の2006327日、国務院は「農民工問題の解決に関する若干の意見」を各省、自治区など宛てに発した。その中で、農民工の賃金が低いこと、賃金未払いが発生していること、労働契約制度を厳格に執行すべきこと、安全衛生面の権益を保障すべきこと女工と未成年工の権益を保護すべきこと、平等な就業と職業訓練制度を確立すべきことなどが詳細に述べられており、これら労働問題以外の側面でも、農民工への公共サービスの確立と強化、戸籍制度改革など広汎な農民工の人権保障と地位の向上・改革の方策をとるべきことが述べられている。これは農民工に対する政策の変化であり、沿海部の労働力不足(民工荒)へ対処する意味も有する(厳善平(2007)「農民工と農民工政策の変遷」中国21VOL26)。
4 今般の労働契約法成立に向けての動きは外資企業をターゲットにしたものではない。労働契約法草案に対する意見のうち労働者保護を強調する意見は、外資企業を含むものの
多数の広汎な範囲の内資非公有企業、国有企業など全ての企業における労働者の保護を目的として述べられている。一方、使用者の側の立場を強調する意見も、中国企業の発展や国際競争力に対する影響を問題としている。公表されている議論の経過を見る限りは、外資企業に対する民族主義的見地からの意見や、逆に外資企業からの批判的意見は表立っていない。それは意図的にそのような議論を国務院が表面化させていない結果かもしれないが、たとえ操作が行われていたとしても賢明な操作と思われる。ただしいったん成立した労働契約法の下で、工会の変化や企業内の共産党委員会の組織化が進むのか、その結果、外資企業のガバナンスにいかなる影響を与えるのかは今後注視していくべきポイントである。


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