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  • 書評 中国ビジネスの参考図書

トヨタ労使マネジメントの輸出(東アジアへの移転過程と課題)
   願興寺ひろ(月に告)史著 ミネルヴァ書房 2005年2月10日

著者は名古屋大学法学部卒業後、1970年にトヨタ自動車に入社、1993年に財団法人中部産業・労働政策研究会出向という経歴を持つ、労務の専門家である。本書のテーマは、著書名のとおりである。トヨタ労使マネジメントすなわちトヨタ労使関係とは何かを説明し(第3章)、歴史的形成過程を明らかにしようとする。一言で言えば労使協調なのだが、その道程は必ずしも平坦ではなかった。その理由は時代背景もあろう。そのような労使協調の海外移転について、インドネシア(第4章)、タイ(第5章)、中国(第6章)につき具体的に経過が解説されている。
 中国への移転については、中国国有企業との合弁事例(F社)と台湾外資との合弁事業(G社)について紹介されている。
 F社は1996年に国有企業集団と5050の出資比率で設立された中国北部の合弁企業で、従業員数は1360名(2002年の数字)、大半が国有企業集団側から移籍してきた人であった。
 ここでは共産党と工会とが会社方針を労働者に伝える役割を果たしていたが、一方で、従業員からの要求を吸い上げる機能は弱かった。トヨタ側はQCサークル活動を導入し、職場に従業員個人の創意工夫と主体性の意識を高め、意識改革を終えた段階で、日本で行われている仕事管理と生産性評価制度をそのままF社に持ち込み、賃金制度にもそれを反映させた。
 一方、G社は1994年に台湾資本との合弁で中国南部に設立され、農村からの素人で若い労働力に依存してスタートした部品製造会社であった。日本向け自動車部品のため当初よりISOを取得していく。
 工会の主席は組合員の選挙では落選し、G社と工会との間で結ばれた集団契約の内容(会社は労働者の生活の向上を図り、工会は労働者の生活の向上をはかるため会社の生産活動に協力する)も従業員の中に理念として職場に浸透していないと思われた。ここでも工会の限界が見られ、従業員の様々な要求は工会ではなく職制(係長、課長など)に伝えられた。ここでは従業員の個人的利益追求の意識を直視し、職制の役割を強化し、賃金についても生産奨励給は集団的生産性向上を重視する枠組みの中で、そこへの個人の貢献度を査定する仕組であった。QCや改善運動は、F社ほどはスムースに進まなかった。
 ここでF社とG社の違いを北の国有企業出身ワーカーと南の農村出身出稼ぎ労働者という対比で描き出している。前者は組織への貢献やQCに適しており、後者は対価(賃金)がなにより大切で、定着しにくいという分析である。
著者は最後に、中国の工会については、その民主化あるいは民主的従業員組織の形成を進めることが出来れば、中国においても日本的組織運営は十分可能であると述べる。上記のG社でも聞き取り調査の結果、会社の発展が生活の安定と向上に繋がるという強い確信がワーカーにあることを指摘している。
本書は聞き取り調査にもとづき、ワーカーなどの意識を分析しながら、議論が展開されとり、中国で労務問題に取り組んでいる日系企業担当者には非常に参考になる。ただ、わたしが興味をひかれつつ気になったのは、ワーカーの中での「族意識」である。従業員の中にも仲間意識があり、査定をまかせると、えこひいきのような査定が為されるおそれを指摘している。「族意識」は会社立ち上げのある段階では、認めつつそれを利用し、次のステップに移る段階では払拭をはかり乗り越えていくべきもののようである。「族意識」のより深い掘り下げがあれば、知りたいと感じられた。
(文責 尾近正幸)


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